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生まれた時から、望まずとも段々強くなっていくノイズ。
それが不意に消えたのは、母が「もうすぐお兄ちゃんになるのよ?」と照れくさそうに言った頃の事だった。
『お兄ちゃん…?』
『そうよ、もうすぐ、弟か妹が出来るの』
その通り、半年の間に母親の腹は膨らみ、やがて愛らしい赤ん坊が誕生した。それこそ、父と母が頭を振り絞り、日本神話の英雄「日本武尊」になぞらえ、「タケル」と名付けたヤマトの弟である。
三歳頃の記憶だが、彼は疲れた顔をした母親の腕の中で、すやすやと眠る弟の顔を良く覚えている。
弟の顔は「赤子」と言うに相応しく赤く、少々しわくちゃで、ちょっとサルのようだった。「あんまり可愛くないね」と言って、親を辟易させたのも、間違いなく正しい記憶だろう。
やがて、日に日に大きくなった弟は、大きな目の愛らしい子供に成長した。
寝てばかりの頃はきゃらきゃらと微笑うカワイイ赤ん坊だったが、生まれて一年も経つと、ハイハイでヤマトの後ろを追いかけ回すようになる。こうなると、二人は小さな破壊神のような物だった。ティッシュケースが有れば中身を全て出してしまったり、クレヨンを持ってきて襖に落書きをしたり。その度に兄が叱られ、横で弟が泣いていた。
そんな風に一緒に居る二人だったから、一番最初に弟が喋った言葉が、兄を表す『にーに』であったことは、もはや必然だったのかも知れない。父親は苦々しく笑い、母親はガックリと肩を落としていた。
だが、両親は素直に嬉しかった。弟が生まれてからと言うものの、息子がおかしな事を言わなくなったからだ。息子に『タケルは今、何を考えているのかしらね?』と聞いても『分かんない。聞こえないし』と言う答えが帰ってくる。『聞こえなくなっちゃったのかな?』と呟く息子に、母親は嬉しくて笑みを浮かべた。
だが、能力が無くなってしまったと言うわけではなかった。
それがハッキリしたのは、デパートで迷子になってしまった時である。
『おかあさーん!タケルー?』
泣きそうになりながら、人混みをウロウロと彷徨う。もしかしたら、さっきの売場に戻ってしまったのでは、と階段を下りた辺りで気が付いた。
人混みの「ザワザワ」と言う音の他に、小さい頃に慣れ親しんだ「うわーんうわーん」と言う音が頭の奥を走り始めたのだ。
『な、何…?』
囁くような、奇妙な音。テレビやラジオのノイズにも似た、奇妙な音。
『何……?』
ぺたん、と階段に座り込んで、ヤマトは耳を塞いだ。「うわーんうわーん」が止まらない。ぎゅう、と耳を塞ぐと、人混みの「ザワザワ」は消えていったが、頭の奥では同じように「うわーんうわーん」と響き続ける。
とうとう泣き出してしまった子供に、気が付いた女性がそうっと近寄ってきた。
『ボク、どうしたのかな?大丈夫?』
ぎゅっと耳を塞いだままの子供は、ぴくりと顔を上げた。
《迷子…かしら、この子》
耳の奥で響いたのは、女性の声。優しそうな女性の声と、目の前にしゃがみ込み、優しく微笑む女性の声に、ヤマトはそうっと耳を塞いだ手を離そうとした。
『迷子になっちゃったかな?』
飛び込んできたのは優しい声だった。だから、うんと頷こうとして。
《やーねぇ、幾らバーゲンで安いからって、子供をほったらかしちゃうなんて。ホント、なってないわね、今の若い子って。ダメな母親。母親失格よ》
聞こえてきた声に、戸惑う。そして、ちょっとムッとした。
『違うもん、ほったらかされちゃったんじゃなくって、はぐれちゃったんだもん!
だから、おかあさんはダメなんかじゃないもん!』
開いたままの手をぎゅっと握りしめて、そう叫んだ。母親が侮辱されるのは許せない。
普通なら、こんな事を言われれば「まあ生意気」と眉をひそめるだろう。ところが、この女性は怯えた顔で立ち上がり、後ずさった。
《何この子!月の息子!?》
『つきの、むすこ…?つき?お月さまのこと?』
『!!』
怯えた顔が、化け物を見る目に代わり、そして嫌悪感に変わっていった。その変化を、ヤマトは自分の脳裏でしっかりと受け止める。
《冗談じゃないわ、テレパス能力の月の息子なんて。全部読まれちゃう…あっ、今考えてる事も?冗談でしょ、嫌だ、気持ち悪い。だから月の息子って嫌いなのよ》
女性が蕩々と考える内容が、全てヤマトの中に流れ込んでくる。
その感覚に、その嫌悪感に、ヤマトは怯えた。
そうして。
『うっ、う……』
再び耳を塞ぐと、膝を折って、泣いた。
女性は足早に立ち去ったようだった。再び「うわーんうわーん」が帰ってきたが、ヤマトは構わず座って泣いた。
十分はそうしていただろうか?いやだった頭の奥の「うわーんうわーん」が、不意に小さくなり、消えた。不思議に思って手を下ろして顔を上げると、『にーちゃ!』と叫ぶ弟の声がした。
『タケル!おかあさん!』
『にーちゃ!にーちゃーっ!』
飛びついてぎゅうと抱きしめてくる弟を抱きしめ返し、ヤマトは母親を見上げた。
『おか……おかあさーんっ』
『まあヤマト。大丈夫よ。ごめんなさいね、一人にしちゃって』
頭を撫でてくれた、母親の手が優しかった。
タケルと母親にはぐれて「うわーんうわーん」が復活し、タケルと母親に会えたら「うわーんうわーん」が止まった。それは確かな事実。
その事実を、ヤマトはしっかりと覚えた。
あの嫌な感じを受けなくするには、母親が一緒に居れば良いんだ。そうすれば味わうこともなく済む話なのだ、とその時は理解したのだが、やがて二人で迷子になったとき、それが間違いだと言うことに気付いた。
確か、家族で鎌倉へ行ったときの事だ。
『おにいちゃん、おとうさんとおかあさんは?』
八幡宮の裏にある滑り台で遊んでいる内に、両親がどこかに移動してしまったらしい。
『大丈夫、すぐ見つかるって!』
慌てて遊ぶのをやめると、ヤマトは弟の手を握って歩き始めた。
もしかしたら、途中にあった焼きそば屋さんやチョコバナナ屋さんにいるかもしれない。そう思って行って見たが、居なかった。
もしかしたら、遊んでいる間に、とお参りに行ってしまったのかも知れない。が、やっぱり居なかった。
『おにぃちゃぁん』
『大丈夫!お兄ちゃんが一緒にいるだろ?』
言い聞かせてまた歩き出した。
休日の、人混みを歩く。『あら、可愛いわねぇ』と振り返る若い夫婦や、お菓子を分けてくれた老婦人にお礼を言いながら、ヤマトはふと気付いた。
母親と一緒でないにも関わらず、今日は「うわーんうわーん」が聞こえない。耳を澄ませても、いつも聞こえる音しか聞こえないのだ。
ハッとしてヤマトは振り返った。自分の手をぎゅっと握りながら、不安そうに辺りを見回す幼い弟。
違う。母親ではなく、弟なのだ。弟が一緒にいれば、「うわーんうわーん」に悩まされなくても済むのだ。
『おにぃちゃん?』
『なんでもないよ。さ、行こう!』
途中で覗いた鳩サブレ屋さんを覗き、昼食を取ったおそばやさんを覗いてみたが、どこにも両親の姿は無く。
とうとう駅まで戻ってきてしまった。
『居ないね、おとうさんとおかあさん』
『だ…大丈夫だよ、きっと、此処で待ってれば会えるよ!』
不安でいっぱいの胸をぎゅっと押さえつけて、ヤマトは笑ってそう言った。
両親の居ない不安はどうしようもないが、自分には弟が居る。喩え、このまま両親が現れなかったとして、二人っきりになっても、弟が居れば、この先自分は生きていける気がする。
もっとも、二人っきりだったのは三十分ほどの話であった。息を切らせた父親が二人を見つけ、手を引いて八幡宮まで戻ったのだ。両親は滑り台から十メートルほど離れた池の端で鯉を見ていただけで、はぐれた訳ではなかったのだ。逆に遠く離れてしまった息子達を、『二人で駅まで戻れるなんてなー』と父親は誉め、母親に怒られていた。
ずっと一緒に居られると思ってた。
あんまり嫌がるから、とスクールに行かせるのを諦め、通信教育にされていた。友達なら近くの公園で出来る。公園には二人で手を繋いで行くから、家でも外でも、ヤマトはずっとタケルと一緒にいた。
その繋がれた手が、いつの間に離れてしまったのだろう。
『タケル?』
振り返ったら居ない、その恐怖。
《お前がいけないんだぞ!目を離したりするから!》
《何よ、あたしばっかり責めるってわけ!?そうよ、どうせ私が悪いんだもの!
あなたはいっつもそう。大体………》
夜中、親のケンカに叩き起こされる事も段々稀では無くなっていった。どれだけぴったりと閉められた部屋でも、哀しく、辛く、憤った感情が直接ぶつけられて、ヤマトも泣きたくなってしまう。
母親の切っ先はヤマトにも向かってきた。何も言わなかったとしても、「うわーんうわーん」のように、頭の中に飛び込んできてしまうのだ。
《ヤマトが、ヤマトがしっかり見ててくれれば…》
《馬鹿ね、私のせいじゃない…》
《でも、ヤマトだって一緒に居たのに…どうして、どうして……タケル……》
タケルのために、と用意されていた通信教育のパンフレットが、妙に哀しかった。
そのタケルが。
居なくなってしまったタケルが。
意識が浮上するのを感じながら、ヤマトは弟であろう人物の顔を思い浮かべていた。随分と成長してはいたが、あれは間違いなく、自分の弟のタケルだろう。真っ直ぐ自分を見る蒼の目が、全く変わっていない。
「た、け……」
だが、あれは本当に現実だったのだろうか。そもそも、あそこで目覚めたこと自体、現実だったのかどうかが分からない。
「タケル……」
夢だったかもしれない。タケルの居ない場所で、タケルと一緒に居ない自分が目を覚ますのだ。そう信じかけた、その瞬間に声が届いた。
「お兄ちゃん!」
一気に意識が浮上した。間違いなく、タケルの声。と言っても、幼い頃とはもう声が少々違うのだが、それでも意識を失う前に聞いたはずの、弟の声だった。
目を開くと、先程と同じ天井が見えた。天井を見る自分の視界の右側に、先程見たばかりの、見覚えのある顔。
「…タケ、ル?」
「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!」
泣きそうな顔で手を伸ばし、自分を抱きしめる手は、幼い頃離してしまった弟の手より、随分と大きくなっていた。
だが。
「タケル…」
「おに、おにぃちゃぁん…」
『おにぃちゃぁん』
『大丈夫!お兄ちゃんが一緒にいるだろ?』
変わってない。ここに居るのは間違いなく、自分の弟だ。
そう確信して、ヤマトはそのままぎゅっと強くタケルを抱きしめた。
「よか…良かった、良かった、お兄ちゃん…」
すっかり涙声になりながら、良かったと呟くタケルの頭を、ヤマトはそっと撫でた。
「お兄ちゃん、あれからね、三日も眠ってたんだよ。
起きなかったらどうしようかって、ぼく…っ」
胸元で話されるのがくすぐったくて、ヤマトは小さく笑いながら「そうか」と答えた。
「ごめんタケル、心配かけて…」
「ううん、大丈夫。
会えた事が嬉しいから…」
顔を上げて涙を拭うと、タケルはそう言ってにっこりと笑った。
「良かったね、タケルくん」
「うん」
振り返ってにっこり笑ったタケルの視線を追うと、意識を手放す直前に目のあった少女が微笑んでいた。
思わず、一瞬身構えてしまう。…が、思った衝撃は来なかった。
「あっ、大丈夫!
お兄ちゃんが、ちゃんと処理していってくれたから」
そう言って、彼女はにっこりと笑った。
「…処理?お兄ちゃん?」
「うん!
あ、お兄ちゃんって言うのは、さっき居た…」
「太一さんの事だよ、お兄ちゃん」
言われて思い返した。さっき居た。太一さん。お兄ちゃん。
脳裏に浮かぶ人物なんか、一人しかいなくて。
「八神…太一、の事か?」
「知ってるの?」
きょとんとされて、頷いた。
「名前、呼ばれているのを聞いた。名前を呼んだヤツが、酷く怯えて居たのも覚えてる。
倒せば、名が上がるって言ってた」
二人は顔を合わせると、ああと納得したように頷いた。
「別チームの応援要請で闘った、Novaの戦闘員だね?」
「それなら、そう言っても仕方がないと思うわ。
お兄ちゃん、すごく強いもの」
笑って彼女はそう言った。
「でも、怖い人なんかじゃないよ、太一さんは。
すごく強いけど、でもすごく優しい人なんだ。ぼくも、何度も助けてもらってるし」
「そう……なのか?」
「うん!」
タケルも笑ってそう言い、強く頷いた。
正直、ヤマトの中の怯えは消えてなかった。あの「八神太一」と敵対していた男の放った強い怯えの感情は、「八神太一」に対する強い恐怖をヤマトの中に刻みつけていた。
でも、タケルが言ったならそうなのだろう。そうに違いない、と自分自身に言い聞かせる。
「……ヒカリ、タケル、そこまで誉めて貰うと、入りにくいんだけどな」
「あっ、お兄ちゃんっ」
いつの間に入ってきたのか、ドアに右肘を付いて頭を凭れさせていたのは、間違いなく先程目覚めた時にいて、今噂を聞いたばかりの「八神太一」だった。
「目が覚めたのか。石田ヤマト…で、あってるよな?」
「…………」
タケルが場所を譲ると、「八神太一」はするりとヤマトへ近寄ってきた。
自分の弟が信用に足ると言い切る人物。「Novaの戦闘員」が畏れ、怯えていた人物。
弟が信用しているのだから信用できるのだ、と言い聞かせながら、ヤマトは小さく頷いた。
「聞いているかもしれないけど、俺は八神太一。
妹も居るし、太一って呼んでくれればいいから」
あくまで信用出来ずにこちらを伺うヤマトに対し、太一はあっけらかんとそう名乗った。そう言えば、と横にいるヒカリが口を開く。
「わたしも自己紹介してなかった。
妹のヒカリです。よろしく、ヤマトさん」
にっこりと笑った顔は、やっぱり第一印象のように少し大人びていて、おとなしそうだった。
「タケル、例の件だけど、許可取ってきたから。
お前も一度は顔出しして、ちゃんと挨拶してこいよ」
「あ、ホント?やった!
お兄ちゃん、これで一緒に住めるね!」
「……は?」
思わず、間の抜けた声を出してしまう。
今、弟は何を言ったのだろう?一緒に住めるとはどういう事なのだ?
疑問符ばかりがくるくると頭を回る。
「タケルくん…説明しないでそんなこと言うから、ヤマトさん、すごく驚いてるわよ」
小さく笑ってヒカリが注意を促した。
「あ、そっか。
えーっと…お父さんに、お兄ちゃんと一緒にこっちに住みたいからって、太一さんにお願いしてきて貰ったんだよ。ぼく、テレポート能力持ってないし、仕事があったから」
「その説明じゃ分からないだろ、タケル」
更に太一が苦笑し、ヤマトに向き直ると問いかけるように口を開いた。
「お前、人の心が聞こえてきた事が、今までに無かったか?」
「っ!」
ドキリとした。
いきなり言い当てられるとは思わなかったのだ。確かに、今まで幾度となく倒れてきたのはそれが最も大きな原因であったのだが、幼い頃以外、それを口にした覚えはない。
戸惑っているヤマトに気付いたヒカリが、補足するように口を開いた。
「三日前にわたしがここへ入ってきた時、高い音が鳴り響くみたいな現象が起きたでしょう?
あれはハウリング現象って言って、高感度の能力を持ったテレパス同士が、油断した状態で出会ってしまった時に起こる能力者特有の現象なの。逆に言うと、A級以上のテレパス能力者同士でしか、あの現象は起こらない。
ヤマトさん、もしかして『サトリ』なんじゃない?」
「……サトリ…?」
「人の声が、望む望まないに関わらず全て聞こえてしまう、先天性受信型テレパス能力者の事だよ」
「望む望まないに関わらず……」
思い返せば、一度たりとも望んだことなど無かった。人の声など、聞こえなければ良いと思ったこととて、何度もある。母親の慟哭や、隣家に住む人々の愚痴や、知らない人々の突き刺さるような言葉達――――――
「サトリは、人の思いを吸い込んでしまう。それが他に与える影響はないが、サトリ本人に与える影響は大きく、狂ってしまうサトリも少なくない。それが月の息子であるなら、尚更だ」
「月の息子……」
ヤマトは、些か呆然として呟いた。
月の息子。世界では「Lunar Children」と呼ばれる、遺伝子異常病者の総称である。
エスペラント暦五百年代に発見されたこの「月の息子」は、月面都市に移住した者が、月面に存在する特殊磁場により遺伝子を変えられた事によって発生したと言われており、未だ治療法の発見もされていない、いわゆる「不治の病」である。
と言っても、「月の息子」に寄って死に至ることは殆ど無いと言って構わない。この「月の息子」の症状で一番厄介なのは、先天性なり後天性なり、発病に比例して精神が破壊されてしまう事なのだ。世界統一連盟に「月の息子」であると認証された者の多くは、今も精神病者として入院しており、治る見込みは無い。
だが、「月の息子」の症状で最も有名なのは、間違いなく彼らが持つ「超常能力」であろう。彼らの多くは精神を病んでしまうが、病んでしまった者・無事だった者を合わせて、その九割以上がある種の超常能力…つまり、何らかの「超能力」を持っている。
現在、五千人に一人程度の割合で存在するこの超常能力者は、既に二百年以上前から存在しており、無論「サトリ」であるヤマトもこの「月の息子」の一人である。
自分が「月の息子」かもしれないとはヤマトも思い始めていたし、幼い頃聞いてしまった両親の会話も覚えているから、否定する気もないのだが、実際にそうだと言われてしまうとやはりショックなものはショックである。
なにせ、月の息子が狂う可能性は、実に全体の三割近くにも及んでしまうのだから。
「でもねっ、お兄ちゃん!」
暗い顔で考え込んでしまったヤマトに、タケルは慌てて明るい口調で声を掛けた。
「ここなら、ジャミングが…えーっと、テレパシーが勝手に使われないように、ジャミングってシステムが働いてるし、みんな同志だから!もう、勝手に人の思いを吸い込んで、倒れちゃう事も無いと思う!」
「…え?」
ジャミング?とヤマトは聞き返す。
「うん!それにね、ぼくも今はここに住んでるから、お兄ちゃんがうんって言ってくれれば、一緒に暮らすことが出来るんだよっ!
だからねぇ、ここに住もうよ、ね?」
必死な形相で怒濤のように言われ、気付けばヤマトは
「あ、う、うん…」
と頷かされていた。
少し、呆然としながら。
「やったっ!太一さん、ヒカリちゃん!今の聞いたね?聞いたよねっ!?」
「聞いてたよ」
「おめでとう、タケルくん」
八神兄妹は同じようにクスクスと微笑いながらこちらを見ている。それが一体何のことなのか分からなくて、ヤマトは些か呆け気味にタケルと二人を見返していた。
「良かったー!お兄ちゃんがうんって言うのが条件だって言うから、つい…。
お兄ちゃん、ごめんね、怒ってる?」
「…いや、怒ってなんか…」
怒ってなんかいないが、一体どう言うことなのか分からないだけなのである。
「でも、また一緒に暮らせるんだね!
お兄ちゃん、起きあがれる?お兄ちゃんの部屋に案内するからっ!」
「え、はァ?」
「ARCへようこそ、お兄ちゃん」
にっこりと笑ったタケルに、彼は反射的に叫んでいた。
「説明をしろ、説明をっ!」
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